葵の前とタブの木

昨年、NPOの市民講座で古木・巨木を見て廻った時は、沢山の木を見たからかさほど印象に残らなかったが、白牛伝説を読み返したら沖原で見た太いタブの木を思い出してまた見に行った。
なるほど表札も伝説通りの苗字だ、声を掛けたけどシーンとしていたので開けっぴろげの畑から入らせて頂き、タブの木を見ると太くてゴツゴツして正に古木だ。
古木の前には石の鳥居があって、葵大明神と彫られている、そうか伝説にある女官「葵の前」を祀った神社なのだ。
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龍蔵寺の白牛を飼っていた小屋の横に、「白牛伝説」について記述が有ったのを思い出して、帰りに寄って読んでみたら、ネットで読んだ内容と多少違うが、1200年も昔の話がみんな事実の様な気がしてきた。
菊の御紋の瓦は何故だろうと思ったが、聖武天皇から「白牛山龍蔵寺」の額を賜ったとの記述があった。
詳しく知りたい方は、クリックで拡大されるから読んで欲しい。
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葵大明神は龍蔵寺の対岸で南明寺の近くだが、1200年前は分からんが昔は渡し舟があったそうで、龍蔵寺前の川岸で朽ちていた。
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    赤いピンが龍蔵寺、青いピンが葵大明神

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この記事へのコメント

  • mikomai

    こんばんは♪
    伝説ゆかりのタブノキは、やはり堂々たる巨木でしたね♪^^地図を見ていると、何だかまた萩に行ってみたくなってきました~☆^^
    2008年12月22日 18:29
  • トラキチ

    今晩は
    タブノキは写ってる下の方は太くて立派でしたが、途中から上の方は有りませんでした。
    萩の伝説では1200年前や、最近では40年位前に萩焼の白牛を寄進したと東大寺との交流が伝えられていますが、東大寺にも1200年前の記述や萩焼の白牛が有るのでしょうか?
    何時か機会があったら記事にして下さい。
    2008年12月22日 19:09
  • mikomai

    調べてみましたら、萩の乱の兵火に遭っていますね。その時に葵大明神のお社と、タブノキの一部が消失したそうです。もし、上部が欠損していなければ、天然記念物だったかもしれませんね☆^^
    萩焼の白牛については、未だ手つかず状態です。
    2008年12月25日 13:51
  • トラキチ

    今晩は 萩の乱ですかあ、
    革命の果実を食べれなくて、戊辰戦争が終わって用無しにされて途方に暮れる武士達に想いが行きます。
    東大寺の件、近くに居られると思ったのですみません。
    もし、千年以上昔の伝承か何かで繋がったらロマンがあるなあ、と思いましたがぜんぜん急ぎません。
    2008年12月25日 19:43

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